「今のままでも十分幸せ」。そう思えたら、どんなに心が楽になるだろう――。
そんな風に感じたことはありませんか?
私はいつも、心のどこかで「もっと何かできるはず」と問いかけてしまいます。
この「幸せと挑戦のループ」に揺れ動く日々を、あなたも経験していませんか?
「幸せだなぁ」と心から思えた日
「今のままで十分幸せ」
実際にそう思えた日が、私にもありました。
例えば、休日に参加したボランティア活動でのこと。
草抜きをしながら、色々な人と他愛のない会話を交わす。
笑って、汗をかいて、ちょっとした達成感がある。「ああ、こういう時間があれば私は幸せだな」と、心からそう思えたのです。
毎日忙しくて、久々の何もない日。
家でのんびりTVを見て、昼寝をして…幸せだなぁと思います。
でも、その感覚は長くは続きません。
友達と会うと、どうしても比べてしまう。
「私より仕事ができる」「収入が高い」「将来の見通しがしっかりしている」――そうやって、また自分を“低スペック”に感じてしまうのです。
満たされていたはずの気持ちは、すぐにしぼんでいってしまいます。
安心な場所から、なぜ「また動きたい」と思うのか?
かつて、私は職場で「幸せだな」と心から感じたことがあります。
周りには良い人ばかりで、仕事も簡単。失敗の心配がなく、「自分がここにいてもいい」という安心感に満たされていました。
間違いを恐れない環境は心地よく、自信を保てる日々でした。
そんな安心感に包まれた場所でも、なぜか私は「動きたい」という気持ちが湧いてきました。
「このままで本当にいいの?」と、自分に問いかけるのです。
「もっと周りに貢献したい」という思いが募り、自分だけ楽をしていることへの罪悪感も生まれました。
そして、何より暇な時間が嫌いでした。
「自分は役に立っていないのではないか」という思いが募り、「もっと意味のあることをしたい」という気持ちが自然と湧き上がってきたのです。
もっとボランティアの時間を増やせばいいのか?
違う仕事をすれば、今よりもっと満足できるのか?
そんなふうにして、「挑戦したい自分」がムクムクと顔を出し始めました。
そして、また後悔する「挑戦」
私はこれまでに何度も転職を繰り返してきました。
新しい職場、新しい仕事、新しいスキル。
しかし、結果はいつも同じでした。
慣れない環境に緊張し、ミスをして落ち込む。
「なんでこんな道を選んでしまったんだろう」と後悔する。
思ったほど給料も上がらない。
「自分に合う場所が他にあると思ってたけど、違ったのかもしれない」――そんなふうに、自信をなくしていくのです。
挑戦は、やはり痛みを伴います。
新しいことを始めるたびに「今度こそはうまくいくかも」と期待しますが、結局は失敗を経験します。
「前の職場なら失敗しなくて済んだのに」と後悔することも少なくありません。
それでも、過去に戻ることはできません。
だからこそ、どうすれば失敗しないかを必死で考え、レジリエンス(回復力)を鍛える方法や、自分を立て直す術を模索してきました。
それでも、また挑戦してしまう「私」
失敗は確かに怖いものです。
それでも、私は再び行動したくなります。
同じ毎日ではどうしても退屈さを感じ、「これでいいのか」と自問自答してしまうからです。
結局、「生きていくしかないのだから頑張ろう」と自分を奮い立たせます。
どうせなら、一生懸命生きたい。
挑戦し、失敗し、それでもまた頑張る物語に触れると、私自身も「私も頑張ろう」と勇気をもらえます。
「もう頑張らなくていいかな」と思う日もあります。
「このままで十分」と言い聞かせる日もあります。
でも、結局また飽きて、また動きたくなる。
そう、私は飽き性なのです。同じ毎日に満足できない。
だからまた、新しい何かを探してしまう。
うまくいくかどうかではなく、「動かずにいられない」感覚。
それが私の性格であり、生き方なのかもしれません。
このループに名前をつけるなら
この繰り返しを、私は「幸せ⇄挑戦のループ」と呼んでいます。
一見、不要なものに思えるかもしれませんが、今の便利な暮らしも、誰かの挑戦の積み重ねによって成り立っています。
そう考えると、挑戦は生きる上で不可欠なものなのだと感じます。
「同じことに満足できないのは、当たり前だ。これこそが“生きる”ってことなのかもしれない。」
心理学者マズローが説いた「欲求5段階説」では、人間はまず、生きるための基本的な欲求(安全・食・つながり)を満たした後、「承認されたい」「自己実現したい」と願うようになります。
私は、今まさにそこにいるのかもしれません。
生きていくためだけじゃなく、「もっと意味のある何か」を求めているのです。
「足るを知る」と「成長」は矛盾しない
ここで思い出すのが、アランやラッセルが説いた「足るを知る」という考え方です。
当初は「足るを知る=成長をやめること」だと捉えていましたが、本当はそうではありません。
マズローの欲求5段階説でも、生理的欲求や安全欲求が満たされた先に、「承認欲求」や「自己実現欲求」が現れるとされています。
「足るを知る」とは、外にばかり求めすぎず、今あるものの豊かさに気づくこと。
そこから、より本質的な意味での成長が始まるのです。
つまり、「足るを知る」という感覚と「成長したい」という気持ちは、決して矛盾しないのです。
このループをどう生きるか
私はこれからもきっと、幸せと挑戦のあいだを行ったり来たりするのでしょう。
失敗して落ち込んでも、立ち上がって、また挑戦する。
しかし、これこそが人間らしさなのではないでしょうか。
「足るを知る」という心境と「挑戦したい自分」の両方を大切にしながら生きていく。
それこそが、私にとっての「私らしい幸せ」なのだと信じています。
逃れようとするんじゃなく、“付き合っていく”
この「幸せと挑戦のループ」から、完全に逃れることはできないでしょう。
しかし、苦しみの“質”を変えることはできます。
新しいことに挑戦するのではなく、「今あることを深めていく」という道もあるかもしれません。
新しい仕事を探すのではなく、今の活動の中で自分なりの役割ややりがいを育てていく。
そうすれば、きっと違う景色が見えてくるはずです。
まとめ
私はこれからもきっと、飽きて、挑戦して、後悔して、また満たされて……というループを繰り返すのだと思います。
しかし、それを「失敗」や「不安定」と決めつけずに、「私のリズム」として受け入れることができたら——そのとき、少しだけ生きやすくなるのではないでしょうか。
「今のままでも十分幸せ」。
それでもまた挑戦して、失敗して、後悔する。そんな自分を責めるのではなく、「これが私の生きるリズムなんだ」と受け入れてみましょう。
別に悪いことをしているわけではないんですから。
幸せと挑戦のループに揺れながら生きる――それもまた、あなたの人生の豊かな一部なのです。


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