“嫌”の正体を見つける旅

朝起きて、「はぁ~、学校いやや」「仕事いやや」って、ため息から一日が始まる人、多いと思う。

何をするにもめんどくさい。

用意するのも、駅に行くのも、雨も、満員電車も、乗り換えも……ぜーんぶ嫌。

まだ布団の中やのに、「仕事いやや……」「学校行きたない……」って、行ってもないのにすでに拒否。

出社すらしてへんのに、心だけ出社拒否。

ある時、ふと思った。

よく考えたら「“嫌”って、ざっくりしすぎてない?何が嫌なん?」って。

たとえば、「学校が嫌」って感じてるとき、それってホンマに学校全体が嫌なんやろか?

もしかしたら、勉強が苦手とか、友達ができないとか、先生が怖いとか、体育が苦痛とか――何か具体的なことがあるんちゃうかな。

「仕事が嫌」っていうのもそう。

通勤がしんどいのか、仕事内容にやりがいを感じないのか、会議が退屈なのか、人間関係がしんどいのか。

何で“嫌”なのかって、ちゃんと調べてあげへんと、どんどん嫌でいっぱいになって、何が嫌なんかわからんくなってくる。

私の場合、昔「学校が嫌や~」って言うてたけど、今思い返すとそうでもなかった。

「勉強は? まぁまぁ」
「友達は? おる」
「いじめ? ない」
「先生? ちょっとクセあるけどギリ許容範囲」
……ん? あれ? なんで嫌やったん?

ほんで思い出した。

周りが「学校ダルい」って言うてたから、ノリで言うてただけ。

自分の意思なんて全くなくて、周りに合わせてただけやった。

家おる方が、暇でよっぽど嫌やった。

仕事も一緒。

「仕事嫌や~」って毎日思ってたけど、よくよく考えたら、仕事内容がしんどい訳ちゃう。

暇すぎてしんどい。

時間が全く過ぎてくれへん。

それがめっちゃ嫌やった。

私だけが、会社でも、プライベートでも、周りに取り残されてる気がして辛かった。

でも最近、気づいた。

「私、暇は嫌いやけど、勉強は嫌いじゃないやん」って。

でも私、「営業とかノルマ系は無理!!」ってビビり倒してるから、職種変える転職も出来ひん。

「じゃあ何するん?」って言われても、わからんし、それがわかってたらこんな悩んでへん!!!

でもある日、気づいた。

私、「暇は嫌い!!」って、はっきり言えるやん。

「学ぶことは好き」って、ちゃんと気づけてるやん。

これ、めっちゃ大事なことちゃう?

「嫌い」を「なんとなく嫌」で済ませんと、「何が」「どうして」嫌なんか細かく言葉にしていったら、自分が何者なのか、ちょっとずつわかってくる気がする。

嫌いを具体的にしていくって、面倒くさい。

けど、それをせんかったら、これからもずっと「(なんとなく)嫌や……」ってずっと思いながらで生きていく羽目になる。

私は、今日も自分に聞く。

「ほんまにそれ、全部が嫌? どこが? どのへんが?」って。

こうして、自分の「嫌い」に名前つけて、自分の「好き」をいっぱい育てて、「幸せやなぁ~」って思える日が来るんちゃうかと思ってる。

とりあえず、今の私は――

「暇は敵や!!」ってシャウトしながら、せっせとブログを書いてます。

戦闘力、上がってきたかも!

そうやって、自分の『嫌い』をちゃんと“言葉”にしてあげる。

ほんじゃ、自分の『好き』も見えてくる。

『嫌』という大まかな感情を、具体的な言葉に落とし込んでいく。

そうすることで、漠然としたモヤモヤがスッキリして、自分が何に向いていて、何を避けたほうがええのか、だんだん分かってくる。

もちろん、それには時間もかかるし、いっぱい自分と向き合って、考えないとあかん。

傷つくこともある。

うまくいかへんことも、たくさんある。

でも、その過程で、自分の“武器”を見つけて、それを身につけて、少しずつ戦闘力をあげていけたら――

『幸せ』っていう、これまた大まかな感情の正体が、ちょっとずつわかってくるんちゃうかな、と思う。

嫌いを減らすこと。

好きなことを大事にすること。

それが、自分をちゃんと生きるってことなんやと思う。

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